低調

『40代はしんどい』『仕事の辞めどきサイン』に関する記事を読んでいて考えさせられた。

自分も40代に入って厄年前後から災難続きだった。
酒量もどんどん増えてアルコール依存症と診断された。
40後半では家業を身売りして世間の荒波に放り出された。

50代になれば楽になるかもしれないと、現実逃避なのか訳のわからない期待を抱いていたけど、いま現在、状況は相変わらずしんどい。40代のころのほうが良かったとさえ思うときもある。

それでも酒の怖さに気が付いて、アルコール依存症について勉強をして、いま酒が止まっているのは間違いなく良いことと言える。

あのまま飲んでいたら今ごろこの世にいないかもしれない。

記事のコメントを読んでいると、60代はまた違うしんどさがあると書いている人もいて、やはり人生は楽ではない。

明日からの仕事を思うと憂鬱になるけど、きっとまだ最悪の状況ではない。

いい仕事なんてそうそう転がっていないし、取り柄もないから、いまの仕事を辞めたらどんどん落ちていくだけ、と思っていたけど、本当にだめだったら逃げたほうがいい。

ただ、家族は守らないといけない。
そう思えるようになったのも酒をやめているおかげか。

掃除をしたり音楽を聴いたり、ここで気持ちをはきだしたり、低調なときの気持ちのアゲ方も覚えた。

神様は平等。そうそう悪いことも続かないはず。
しらふでいればきっとよい方向に向かってくれる。大丈夫。

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痛み

子どもが発熱してインフル陽性。
私と妻も罹って一家全滅。

熱は39.4℃まで上がり、身体の節々が痛み、頭も痛い。
年初にやった腰もまだ治らないし、先日派手にコケたときにできた足の傷も痛む。
昔は酒をあおって、にんにく入ったラーメン食べて寝れば治っていたものだけど、年々、回復力が落ちてきていると痛感する。

病院代は血圧や睡眠薬ももらったので仕方ないけど6,950円。
欠勤扱いで3日分の給料が減るので懐も痛い。

それでも、熱がぶり返してしんどそうな子どもや、自分も熱があるのに看病している妻を見ていると、洗い物や洗濯、風呂掃除、買い物くらいしかできないけど、後方支援をした。

飲んでいた頃ならやっていなかっただろうな。

仕事は休んで迷惑かけたとは思うけど、
昔みたいに這ってでも出社みたいな考えはなくなった。
(酷い二日酔いでもとりあえず定時までに出社というのもなくなった)

大事なのは家族、自分の身体。

お金や仕事仲間も大事だけどそれでいい。
もう無理はしたくない。

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父親

昨年6月に頬粘膜がん(ステージ4)が発覚した79歳の父。
抗がん剤と放射線治療で頬の原発は消えたものの、リンパに転移した約2センチのがんが小さくも大きくもならない状態が続いていて、先生からニボルマブの投与を勧められた。

しかし、父は入院と通院が嫌ということで治療を拒否。
前回の治療で検体を採ってあって、ニボルマブが90%効くと説明しても拒否。

家で(酒を飲んで)のんびり余生を過ごしたいとのこと。

口がほとんど開かないし、歯もたくさん抜いたので、柔らかいものしか食べれない。辛いものなど刺激の強い食べ物はしみるので食べれないし、ビールもしみるようで飲めないけど、ウィスキーは水で割って、がんと反対側の頬を使いなんとか飲めるみたい。2週間に一度の頻度で、私がブラックニッカ4Lを買って運んでいる。

がんが見つかる前は、7~10日で4L空けていたので量は減っているようだけど、そこまでして飲みたいなら止めることはできないしお好きなようにという感じ。

私にはあまり弱音は吐かないけど、私の妹の前では生きていても意味がないとしょっちゅう泣くらしいので、うつが入っているかもしれない。妻(私の母)が亡くなってまだ3ヶ月経っていないしこれは仕方ないか。

60年近くけっこうな量の酒を飲んでいたわけだし、たばこも私が小さいころ、おつかいでチェリーやマイルドセブンを買っていた記憶があるので、身体は丈夫なほうだったのだろう。

そんな父の子なので、私も79歳まで生きられるかと言われると、私は痛飲してきたし、アトピーで長年ステロイドを使っているし、借金生活で気苦労が多かったし、精神的に弱いし、仕事もこの先不安なので、長く生きる自信はない。

毒親に育てられたと悩んだ時期もあったけど、それは時が解決していまはなんとも思っていない。

子どもは親の影響をもろに受ける。

ちゃらんぽらんだった私が40歳で父親になったことにはきっと意味がある。
いま大事なのは、断酒を続けて生き方をちゃんと見直すこと。

世知辛い世の中だけど、しらふで渡っていきたい。

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土日終了

かかりつけの内科の先生に紹介状を書いてもらい、昨日、少し大きめの病院へ行き、胃カメラと大腸内視鏡検査の予約をしてきた。

父親の病院付き添いがあるし、親知らずも抜かないといけないので、しばらく土曜日がつぶれてしまうけど、身体のメンテナンスは必要なので仕方ないか。

今朝の最低気温は-2℃。これくらいが普通なのかもしれないけど、もうすぐ大寒だし、車のガラスも凍っていて、いよいよ寒さ本番。


そんな最中、元中日ドラゴンズの選手6名が来てくれて野球教室が行われた。

うちの子も楽しそうに練習して、吉見投手と5分くらい話をしていた。プロスピに出てくる選手とリアルで会話ができるなんて、一生記憶に残る、夢の時間だろうなと思った。

昼からは谷繁さんのトークショー。質問コーナーではチームメイトが当てられて、会場の笑いを誘っていた。抽選では、うちの子が現役バリバリ選手のサイン色紙を当てて、本当に嬉しそうな顔をしていた。額縁に入れて家宝にしないといけない。私が少年野球をしていたころは、先代貴乃花が来てくれて一緒に撮った写真がいまでも残っている。

道具を大切にしなさい、弁当やお茶を作ってくれる親に感謝しなさいなど、いい事を話してくれて、とても素晴らしいイベントだった。


散歩中の人たちもこの人だかりに何事かと足を止めていて、その中の一人がスマホで写真を撮ったあと、オレンジ色のふたなのでおそらく『博多の華180ml』だろう。朝っぱらからたばこをふかしながら飲んでいた。

自分も元そっち側の人間。まだ飲んでいたら、今日のイベントよりも酒を優先していたに違いない。

断酒は961日目。
いよいよ大台の1000日が見えてきた。

一日一日積み重ねていくのみ。

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哀悼

昨日夕方、テレビを見ながらご飯を食べていたら、
八代亜紀さんが亡くなったと速報が入り言葉を失った。

飲んでいたころは舟唄を聴きながらしみじみしていたし、
数々の昭和名曲カバーやジャズ調の良い曲もたくさん。
なによりお人柄に惚れ惚れで、きれいで気さく。
「ありがとう」と言う言葉がとても自然。

BSの番組もちょこちょこ見ていて、
きっとテレビ越しあのまんまの方だろうなと思う。

膠原病はステロイド治療があるので、
これだけ早く命を奪ってしまう病気とは知らなかった。

今日はラジオでたくさん八代さんの曲がかかっていて、
家に帰ったいまも、聴きながら涙。

しらふで聴いても『舟唄』は沁みる。

阿久悠さんの歌詞もたまらない。
昭和が遠のいていく、、

心よりご冥福をお祈り致します。

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